伝統と京都
八瀬の釜風呂(かまぶろ)体験レポート。1300年以上前から日本にある伝統的なお風呂とは?
三千院で紅葉狩りのあとは八瀬で釜風呂体験 | 2018年の紅葉狩りは京都大原三千院。そして八瀬の伝統ある釜風呂を体験! |
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整体・操体 あかとき庵の小松です。
11月も後半になり、いよいよ2018年が残り少なくなってきましたね。
11月も後半になり、いよいよ2018年が残り少なくなってきましたね。
先週の木曜は家族と京都の大原と八瀬へ行ってきました。
大原へはかの有名な三千院で紅葉狩り。綺麗に紅葉が色づいていて目の保養になりました。
大原へは自宅から車で30分ほどで行けるのですが、雰囲気がガラリと変わりいいですね。緑が多く、空気も澄んでいて気分爽快した。
そして大原といえば漬け物が名産品。
昼食は大原の土井しば漬け本舗本店で食べて、「塩分とりすぎちゃうか?」ってぐらい色んな漬け物を竃炊きたてごはんといただきました(笑)
ここ最近は、2週間に1度は近場でもいいので自然の多いところに出向く様にしていて、心身ともにリフレッシュさせています。
とくに今は治療の他に執筆活動もしていますので、何だか煮詰まるような気分になることもしばしば。自分を客観視できる環境に身をおくことでアイデアが湧いてきたり、活力が出てきますので気に入っています。
ところで、、、
釜風呂(かまぶろ)はご存知ですか?
大原の次は、八瀬にあるお宿「ふるさと」へ行きました。
目的は「釜風呂」に入ることです。
おそらく読者のほぼ100%の方が、「釜風呂」なる言葉をはじめて耳にしていると思いますが、釜風呂は飛鳥時代からある日本の伝統的なお風呂。
私は東洋医学の学校に通っているときに、「物理療法」という科目で温泉療法の授業があって、そのとき「釜風呂」の存在をはじめて知りました。
日本は古事記が書かれた神代の時代から温泉療法の歴史があり、それ以降、薬湯や砂風呂など、非常に多くのお風呂のスタイルが各地で発祥。
「かまぶろ」の発祥地は八瀬ということで、近い距離で体験できる。ならばぜひ行ってみたい。そう思っていてついに実現したのでした。
さて、釜風呂の歴史について少しご紹介すると、1300年以上前の壬申の乱に大海人の皇子(後の天武天皇)が八瀬の地で流矢を背に受け、この傷を癒すために村人が献じたと伝えられています。そもそも八瀬の地名は「矢背」が起源ともいわれているのだとか。釜風呂は壬申の乱後になると貴族や文化人の保養の場として使われ、現在まで残っているとのことです。
つまり、昔は天皇や貴族などが嗜んだ高級スパだったのですね。
それを小生なんかが体験できるだなんて、何ともありがたいことです。
小松、釜へ入る
さて、いよいよ私の釜風呂レポートですが、釜風呂の形は炭焼窯ににた土饅頭形で、中に入ると約6畳ぐらいの空間が広がっていました。空間にはむしろの上にタオルがひいてあり、そこで横になります。
昔は風呂を焚くのに中を十数時間焚き、内部の土全体が充分に加熱しきった頃合いを見計らって入浴をしていたのだそうですが、現在は床を熱して壁の反射熱を利用する「熱気風呂」に改良。
釜風呂の入り方は、まず釜風呂のとなりにある日本風の風呂でかかり湯をして、
それから陶器でこしらえた枕「陶枕」を釜風呂に持参して入浴。
釜風呂はいわば和風サウナのような感じで、中は摂氏48〜49度ぐらいの熱気風呂。
通常のサウナよりも呼吸がしやすく、4歳の息子でも中に入れました。
珪藻土の壁や床面の反射熱。そして塩分や青木葉の発散する香りが心地よく新陳代謝が促進。首にあてている陶枕のヒンヤリ感もいい塩梅で、疲れがとれてきました。
入浴後は大原の名産品である紫蘇ジュースを飲んで、風呂上がりの身体に染み入ります。
お宿の外には飛鳥時代の頃から現存する最古の釜風呂があり、これまた一見の価値ありで、歴史を感じます。
そのあと夕ご飯に舌鼓を打ちと続きたいところですが、自宅まで車で20分の距離なので帰宅。
宿泊客の混み具合によっては、私のようにお風呂のみの利用もできるので、また折を見て行きたいと思いました。しかも今回は家族3人でお風呂を貸し切り状態で利用できたので、何だか贅沢な時間でした。
宿泊客の混み具合によっては、私のようにお風呂のみの利用もできるので、また折を見て行きたいと思いました。しかも今回は家族3人でお風呂を貸し切り状態で利用できたので、何だか贅沢な時間でした。
ここのお宿「ふるさと」は、昭和の香りが残る味のあるお宿だったので、
「ああ、この宿で昭和の文士のごとく執筆ができたらなぁ〜」
なんて想像していたのですが、手ぬぐい片手に湯上りの宿泊客にあん摩をしている自分の方がよっぽど現実味を帯びていたので、その想いはそっと胸の奥にしまっておくことにしたのでした。(私はあん摩・マッサージ・指圧の免許取得者なので)
今年の9月はアメリカのボルダーにある東洋医学の大学でセミナーをしてきました。このとき一緒に教えたり寝食を共にしたジェフェリー先生とブラウン先生が、日本鍼灸国際セミナーのため9月に来日。京都にも足を運んでくれて食事をしました。そもそもアメリカでセミナーをするきっかけになったのは、ジェフェリー先生が去年の9月に来院して私の治療を受けに来たのがきっかけだったので、人生は出会いで色づき方が大いに変わるなと、秋の色づきをあじわっています。